2015年11月に発生したテロ事件後、初めて迎えるクリスマスに、教会内で警戒にあたる警備兵
2015年の12月24日、23時過ぎ、パリ。
私はホテルの部屋で夕食を済ませ、出かけようとしていた。
今朝方 街で見かけた看板から、宿にほど近い「ノートル・ダム・ドゥ・ロレット教会」で、日付を跨ぐ「クリスマス・ミサ(la messe de Noël)」(深夜ミサ)が行われることを知り、それに参加してみようと考えたからだ。
夕食を済ませ・・・といっても、昼間のうちに買い込んでおいた雑穀入りパンと人参サラダを頬張り、2日前に買った野菜ジュースの残りで流し込む、といったものだが、深夜外出前の腹ごしらえとしてはこれで十分。
歯を磨き、コートを羽織り、マフラーをぐるぐる巻いて 部屋を出た。
――それにしても・・・食料を 昼間のうちに買っておいてよかったなぁ。。。
クリスマス・イヴである今日は、ほとんどの店が早い時刻に店仕舞いをしてしまう。
閑散とした夕方の街の様子を思い出しながら、私は螺旋階段を下った。
レセプションの若いムッスュに声をかける。「今日も夜勤ですか?」
「そう。僕はクリスチャンじゃないからね」彼が答える。
その返事が、どういう意図から出た言葉なのか よくわからなかったが、南無阿弥陀仏の立派な仏壇や 家を守ってくれている神棚が実家にある私は、「僕も」と応えた。
これから出かけることを告げ、帰りが遅くなっても問題ないかと聞くと、
「安全のためにドアに施錠はする。帰ってきたとき自分の姿が見えなくても、ドア横にあるベルを押して呼んでくれれば開けるから」との答えだった。
「Bon Noël !(よいクリスマスを!)」扉を開ける私に、クリスチャンでない彼が 言った。
私も「ボン・ノエル!」と応え、外に出た。
夕方から 霙混じりの 雨が降り続いていた。
人影の無い通りに連なる街灯が、雨の筋をオレンジ色に浮かび上がらせている。
その色だけを見れば温かい感じがするが、頬に触れると、とても冷たい。
傘を叩くボツボツいう音を聞きながら、早足で教会へ向かった。
教会の入口に立つ係員さんと挨拶を交わす。
ここでセキュリティ・チェックを受けるのだが、それほど大きな教会ではないからか、このときは鞄の中身を見せるだけの簡単な検査だった。
先日、別の大きな教会へ訪れたときは、金属探知機を使用されたり、コートを脱いでボディチェックを受けるなど、やや大がかりな検査を受けた。
スーパーマーケットなどでも同様で、これが11月13日に起きてしまったテロの後、パリの各施設がとっているセキュリティ体制なのだと認識していた。
クリスマス・イヴ なのに 人が少ない教会内・・・なぜ?
参列者がまばらな教会内
教会内に入ってみると、あまり人がいなかった。
隅っこの席に座ると、ズボンのポケットの中の使い捨てカイロが妙に熱いのに気がついた。
カイロを取り出し、手の指先を温めたり、ちょっと はしたないのだが、靴を脱いで足先に押しあてたりしていると、ややもしてミサが始まった。
顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、すぐ傍を歩く 身体の大きな兵士の姿だった。(冒頭写真 参照)
迷彩服にベレー帽、そして日本の街なかでは 決してナマで見ることのない機関銃。
彼らがとても恰幅よく見えるのは、防弾チョッキを着こんでいるからだ。
非常事態宣言下の今、確かに、街の中で警備にあたっている兵士グループの姿はたくさん見てきた。
しかし、教会の内部という閉ざされた空間の中で、重々しい大型銃を携え警備にあたっている彼らの姿を目の当たりにして、急に恐ろしくなってきた。
――これが、現実なんだ。
今いるこの場所も、あのコンサート・ホール「バタクラン劇場」のように、襲撃されれば同様の大惨事になってしまう。
もしかして、参列者が少ないのも、そういうことを警戒してなのか・・・?
万が一、今ここに、テロリストの襲撃があったら、どうなるのだろう。
あの時 見た TV画面の中の 衝撃的なシーンが脳裏に浮かんだ。
まず隠れる場所は、あの柱の陰か・・・。そこからどう進み、脱出できる場所はあるだろうか。場合によっては死んだふりをすることも必要になるかもしれない・・・などと、完全なる妄想ながら、いろいろな退避パターンを
知らず知らず 考えていた。
当然、日本のニュースでも放送されるだろう。TVを見た家族や親せき、友人たちは 驚くに違いない・・・。
おかしな話だが、一旦恐怖を感じてしまうと、負の妄想は止まらない。。。
私が 他の参列者の方たちと比べて、やや異質だったのだろう。寄ってきた一人の兵士にギロリと睨まれたときには、観光気分で 何の覚悟もなく この場所に訪れたことを、ちょっと後悔した。
いつもの通り、でも ちょっと おめかしして・・・
ミサも後半になってくると、たくさんの参列者が・・・
ミサが進むにつれ、参列者がどんどん増えていった。
特徴的なのは、遅れて入って来る ほとんどの人が、家族連れでやってくること。
親と一緒に行動するのを嫌がるような世代の、思春期真っ只中と思しき少年少女も、それが義務でもあるかのように、家族と共にやって来る。
そして、老若男女みな、ちょっとおめかし している。
おそらく、家族での「クリスマス・イヴの食事(Réveillon de Noël)」を終え、そのまま皆で出かけてきたのだろう。
日本で言えば、大晦日の夜に、家族皆で「すき焼き」でも突っつき、そのまま近くの神社に初詣に出かけるような、そんな感覚かもしれない。
ミサが始まった当初に参列者が少なかったのは、家族が集う クリスマスの食事や団らん時間を皆が大切にし、楽しんでいるからだろう。教会へ出向くタイミングが遅くなるのは想像がつく。
フランスでは、クリスマスは家族と過ごす人が多いと聞いていたが、本当にそのようだ。
日本では、「クリスマスは恋人と・・・」てな感じで、宗教に関係なく 妙に盛り上がっているが。。。
その後、ミサは滞りなく進み、無事終了。いつの間にか恐怖心も癒えていた。
途中、讃美歌を歌ったり、神父さんの講和を聞いたり(ほとんど解らないですが・・・)、いろんな儀式をしたり、周りの方々と握手をしたり、言葉を交わしたり。
退出時には、大扉の外で神父さんたちが参列者全員を見送ってくださる。
親し気に握手を交わし、「雨の中、よくいらっしゃいましたね。気をつけてお帰りください。Joyeux Noël !(ジョワイユ・ノエル)」と・・・。
神父さんたちが親し気に握手をしながら 参列者全員を見送ってくださる